2007年1月5日金曜日

ショートショート

「知ってる?猫って10年生きると何か降りてくるんだってー」
弁当をつつきながら、向かいに座る亜紀が言った。
ありがちな三文話だなぁと思いつつ、舞子は乗ってみる。
「あぁ、なんか猫又とかになるらしいね」
「そうそう。でね、全部が全部じゃないらしいよ。なんでだろ?」
「猫にも都合があるからじゃない?」
冗談めかして、舞子は笑った。ふと家で待っているであろう猫の姿を思い出す。
不意に、何か気付いたような顔になった亜紀が続ける。
「あ、そっか。10歳以上の猫って世界に一杯いるよね。それに全部降りれるわけないから、猫の都合っていうより降りる側の都合?」
「その降りるっていう表現が、あたしにはイマイチわかんないんだけど」
んー、と亜紀が少し考える仕草をした。
「こう、空いたコップみたいな?10歳になるとジュースが入れられますよー的な?」
「いつもの事だけど、亜紀の例え話って分かりづらいよ」
あははは、と二人は笑い合った。
「でさー、この話聞いた人に確かめる方法ってのも聞いたんだ-。ポンポンポンって猫の頭を叩いた後、目の前で指を鳴らすんだって」
「どうなるの?」
「さぁー?降りてればすぐ分かるって言われた。喋ったりするのかなぁ」
「亜紀ん家って、猫いたよね。あれ10歳だったっけ」
「うちの子はダメだったよー。全然普段と変わんない」
やっぱデマなのかなー、と亜紀は独り言のように呟く。
そりゃそうだろうと舞子は思う。現実はそんなに夢物語ではない。
「話としては面白いんだけどね。あ、そろそろ昼休み終わりそう」
時計を確認して、二人は弁当を片付け始めた。


授業が終わり、放課後。
家の玄関を開けると、いつものように飼い猫が迎えにきていた。
「ただいま」
軽く挨拶を済ませ、リビングへ。
両親はいつものようにいない。仕事から帰るのはもう少し後だろう。
「三回叩いて、パチンか」
足元に絡む猫を見てると、昼休みの亜紀の言葉を思い出す。
現実的な舞子は、全くといって信じていなかった。この手の話は世間には一山いくらで存在している。
とはいえ誰もいない、猫と二人だけになると、ちょっとやってみていいかなという気にもなった。

猫は気ままで、何を考えてるのかわからない。
いきなり走り出したり、ぼーっと何もない空間を見てたり、人の睡眠を邪魔したり。
もし喋れるようになったら、その理由を聞いたりできると面白いなと思う。
そう考えているうち、気持ちがムクムクと大きくなった。
やってみよう。
「三回叩いて、パチンね」
ポンポンポン、パチン。
やられた方の猫は、素っ頓狂な顔で座っている。人間だったら小首を傾げているといったところだろうか。
そのまましばらくじっと見つめあっていたが、何か変わったようなところは無い。
「ま、そうだよねぇ」
私何してるんだろう、と舞子は急に馬鹿らしくなった。そんな訳あるはずがない。
自虐的に笑っていると、猫がふっと視線を逸らし、虚空を見つめる。
そして、言った。

「また来たのか。この子は俺の獲物だ。さっさと帰れ、死神」

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