2007年8月26日日曜日

昔の知識を引っ張り出してみた

大学生の頃、歴史学として錬金術の研究をしてました。
昔取った杵柄ってことで錬金術の話を少々。

東洋にも西洋にも古代から「卑金属を金に換える」という根源的意味での錬金術が存在していた。
距離的に言えば地球規模で半周するほどの離れた土地に何故同じ錬金術をいう概念が発生したかというと、その理解背景に万物の成り立ちについての理解があったものと思われる。

東洋は古代思想として自然哲学に五行説を当てはめて考えてきた。
万物の組成は木・火・土・金・水から成るというもので、この五つの元素が相互に影響しあって存在しているというもの。
一方西洋は同時期、アリストテレス的四大元素が一般的に信じられていて、自然科学における通念であった。
万物は火・空気(風)・水・土で組成されていて、その構成の割合や状態の違い(湿と乾)によって多種の物質があるのだという概念。

東洋と西洋、五つ四つと数は違えど共通するものは、
「その数十パターンの組み合わせを変えてやれば、物質は変化しうるものだ」
という枠組みの中にいたという事。
そりゃ本当に元素四つや五つで世界が構成されていたら、そう思ってしまうのも無理はないと思う。
特に西洋はこの社会的通念を十六世紀付近まで持ち続けたので、錬金術は長い間、当時の科学として君臨しえた。
実は元素は100以上もあるんだよってことが判明したら、それこそ物凄い勢いで風化していったが。


余談ですが、東洋と西洋の金に対する認識に面白い違いがあって、
東洋=錬金術によって作られた金<自然に存在する金
西洋=錬金術によって作られた金>自然に存在する金
と全く正反対の評価になっていたところ。
思想的な背景である可能性が高いですが、もしかしたら東洋は西洋に比べて贋金(メッキの金)で騙された人が多かったのかもしれませんね。

0 件のコメント:

コメントを投稿