2007年6月11日月曜日

物書きとしてそれでいいのか?という気も

まー実際問題として、昨日の記事みたいなシチュエーションが描かれなくなった背景の最有力事項としては、

「血液バンクの充実と、各種移動手段の発達、医療技術の進歩」

ってのが大きいんだろう。
血液バンクにRh-型血液のストックはあるので、数時間程度であれば現代医療技術と生理食塩水で持ちこたえられるだろうし、その数時間も持たないようなら致命傷なわけでドラマにならない。


ってあんまり現実的な事を言い過ぎると「夢がない」と言われそうなので、この辺で黙ることにする。

2007年6月10日日曜日

冗長も程々に

例えば一昔前のドラマなどで、ヒロインの女性が生きるか死ぬかの大量出血を伴う大怪我をした場合、

医師「お嬢さんの血液型は、Rh-型で希少な血液です。輸血用の血液が手に入るかどうか・・・」

という風な流れになります。体感9割の確率で。ドラマで盛り上がる場面ですね。
Rh-型というのは確かに希少で、ABO式の各血液型に0.5%づつしかいないと言われています。
ただ場面によっては、「希少だから輸血できない」という流れは現実問題としては間違いにもなりうる、というのが今日のお話。


主としてRh型の血液が何を指し示すのかというと、血液中にD抗原を持つか否かという点。99.5%の人は、このD抗原を持つRh+型です。
そしてD抗原を持つ人は、そのD抗原を攻撃する「抗D抗体」を持ちません。D抗原があるのに抗D抗体を持ってたら攻撃されるから、当然ですね。
じゃあRh-型の人はどうかというと、その反対だからD抗原を持たないわけ。そして間違えやすいのが、「基本的には抗D抗体も持たない」というなのだ。
ちょっと纏めてみよう。

【Rh式】...【D抗原】...【抗D抗体】
 Rh+ ..............○................... ×
 Rh- ..............×.....................× ※基本的には※

で、Rh+の血液がRh-の人に輸血できない大前提は、「抗D抗体によって血液の凝集などが起こる」という事があるからなのだ。
でも上のように、基本的にはRh-の人には抗D抗体は無いので問題はないのです。
ただしRh-型の人は輸血や出産で一度でもRh+型の血液が混じってしまうと、抗D抗体を作ってしまう。
そうなるとRh+型からの二度目の輸血は不可能になります。
と、ここらを踏まえてリアルな話を作るとすると、二パターンが考えられる。


【パターン1】
医師「お嬢さんの血液型は、Rh-型で希少な血液です。過去お嬢さんは一度Rh+型の人から輸血をされていて、検査の結果、血中に抗D抗体が作成されている事が確認されました。ですからRh-型の血液を手に入れる必要があるのですが、手に入るかどうか・・・」

【パターン2】
医師「お嬢さんの血液型は、Rh-型で希少な血液です。しかし過去輸血の経験がなかったのでしょう、検査の結果、抗D抗体がない事が判明しました。ですのでRh+型からの輸血はできますが、その場合は抗D抗体が作成されてしまいます。抗D抗体が出来てしまうと二度目のRh+型からの輸血はできず、将来出産する場合に相手の血液型次第では流産の可能性が高くなります。それでも良いのでしたら同意書へのサインをお願いします。それ以外でしたらRh-型の血液を手に入れるしかないですが、手に入るかどうか・・・」


なんという冗長すぎる文章・・・
というかパターン2に至っては、今死んだら将来もクソもないんじゃねーの?という疑問すら湧かせるダメっぷり。
やっぱり変にリアルだとテンポ悪いし、物語なんだからさっぱりいこうぜという気になる。

2007年6月8日金曜日

空間の概念

我々の世界は、純粋に空間のみで考えれば三次元の空間世界です。
縦・横・高さ(奥行き)の三つの次元によって表される概念。
それについて、ちょっと思考ベクトルを伸ばしてみたいと思う。


点で表現される世界、これはゼロ次元です。
その点に接して線を延ばした世界、それが一次元。
その線に接してまた線を引いて繋いで面を作った世界、これが二次元。
その面に接して上に伸びた世界、これで三次元。

ここで、何か共通点に気づかないだろうか。
法則チックに言うならば、「低位次元の次に表される高位次元は、必ずその低位次元が基点となる」ということだ。
もっと噛み砕けば、「次の高位次元は、現在の次元の隣に存在している」と表現できる。
基本的に世界を構成する物理法則は単純で美しいものであるはずなので、ゼロ~三次元までのパターンがいきなり四次元目で崩れる事はないはずなんだ。

最初に言ったように、我々の世界は三次元空間です。
次の高位次元である四次元空間が存在するならば、それはきっと今の我々が認識する空間に接する形で存在している。
その空間世界が我々に認識できる概念なのかは分からない。
でも好奇心の下僕であるところの私としては、生きてる間に知ることができればいいなと漠然と考えたりもする。

2007年6月7日木曜日

たまには

サービス残業は百歩どころか一億歩譲って、まぁいい。
ただ、付き合い残業・牽制残業・生活残業とかは呆れて物が言えないどころか万死に値する。

個人的に残業ってのは「時間内に仕事を終わらせられない事を公言する恥ずかしい行為」だと思ってるのでさっさと帰りたいんだけど、「残業が多い=仕事が出来る」という腐った文化が幅を利かせてるSE業界では、社外の人間が絡む仕事だとそうもいかない場合が多くて。

自社内みたく「私の能力と成果に文句がある場合は、いつでも指摘してください」と言えればいいんだけど、対外的には自社の看板を背負ってる限り言えない。ジレンマ。この辺が本当に面倒臭い。

2007年6月5日火曜日

心を捕らえて放さないもの

動いてる扇風機の前で声を出して「あ”ぁ"あ”~」ってやりたくなるアレ。

ああいう変な声になる理由は、別に複雑な理由が働いてるわけじゃありません。
扇風機にある翼に声が当たる場合と当たらない場合、この二つの場合があるってだけ。

・声が翼に当たると、声が跳ね返って大きく聞こえる。
・声が翼に当たらずすり抜けると、小さく聞こえる。

つまり大きな声と小さな声が同時に聞こえるからってこと。
だからかなり高速に回転させると、逆に声がすり抜け辛くなって割と普通に聞こえます。
※振幅の変調間隔が短くなるせいもあるが。


ちなみに扇風機でああいう事をしたくなる理由は、ぶっちゃけ魔力のせいだと思う。
みんなやり過ぎ。

2007年6月4日月曜日

意外と見落としやすい理由

ふと「扇風機って最近見なくなったなぁ」と感じたので、扇風機についてちょっと書いてみる。

扇風機で涼しくなれる理由は、一番よく言われる例を挙げるならば、
『汗が蒸発する時の気化熱(蒸発熱)によって体温が奪われるから』
という事だろう。
でも厳密に言えば、これは半分だけ正解。いや3/4くらいは正解かな?

液体が気体化する際にそこにある熱を奪っていく性質があるのは確かですが、それだけだったらわざわざ扇風機を使わなくてもいいはず。
我々は鳥肌が立たない限り汗腺はフルオープンで、汗は常時かいてるわけですから。

つまり、それを踏まえてより正確な要因を挙げるならば、

・液体である汗が気化する際の気化熱で体温が奪われる。
・気化によって体表近くに停滞していた暖かい空気を対流により一新させ、温度低下の効率を上げる。

この二点が主要因となります。
あとオプションとして「風情」とか「気分」とか、扇風機に当たってるから涼しいに違いないという思い込みなどなど。精神的な要因が若干あるかもしれませんね。


でもこういう事をリアルでクソ真面目に話すと高確率で引かれると思うので、対人的には「気化熱による体温低下」のみでサラッと流しておいた方がいいかもしれない。やっぱり。

2007年6月3日日曜日

手がつけられない温度差

とある事情でケータイ小説の月間ランキングを見たら、凄いことになってた。

1位:恋愛小説
2位:恋愛小説
3位:恋愛小説
4位:恋愛小説
5位:恋愛小説
6位:恋愛小説
7位:恋愛小説
8位:恋愛小説
9位:恋愛小説
10位:恋愛小説

※以下25位まで全部恋愛小説、26位にホラー小説

土俵に上がる前に勝負がついた感じというか、ある意味凄いと思った。
というか面白い云々の前に、恋愛モノじゃないと読んでくれないんじゃないの?という気がする。ここまで極端だと。

2007年6月1日金曜日

トラップ

シャワー等で風呂場へ行った場合。

【Case1】
最初は冷水なのでシャワー噴出口を右へ → もういいかと噴出口を戻す → 停電でガス主電源がOFFだった → Ohh!

【Case2】
浴びてる途中で真っ暗に → 電球切れか? → 実はブレーカーが落ちてて主電源がOFFに → Ohh!

【Case3】
浴槽のお湯張りで蛇口をON → 本を読みつつ10分後に様子見 → 排水溝を止めてなかった → Ohh!

【Case4】
吸盤型で壁に貼り付けておいたバスラックが墜落 →一番重いボディソープが足を強打 → Ohh!

【Case5】
シャンプーを強く握ったら、蓋が丸ごと取れて大半をぶちまける → Ohh・・・


【結論】
風呂は戦場。

2007年5月31日木曜日

グレイのパラドックス

イルカも好きなんです。イルカ。
水族館にいったらイルカショーは必ず見学する。いいよね、イルカ。

そういう個人的嗜好は置いておいて、イルカには最大の謎と呼ばれるものがあります。
それは、「物理学と流体力学で説明できない水中速度」です。
イルカは水中を50km/hで泳ぐことができます。ちなみに人間はオリンピッククラスで10km/hくらい。
いくらイルカが筋肉の塊だとはいえ、その筋肉量から計算されるパワーでは50km/hもの推進力を得るのは不可能なのだ。
それだけの推進力を得るには、少なくとも今の筋肉量の7倍ほどなければ辻褄が合わない。でも実際あの身体で泳いでしまっている。
これが、グレイのパラドックスと呼ばれるものです。
このパラドックスは今も解明されていません。イルカの不思議。


ちなみに映画もボーリングもビリヤードも焼肉も普通に一人で行く私ですが、行けない場所が二つだけあって、それがカラオケと水族館。
なぜそこだけ行けないのかは私自身わからない。こっちも不思議。

2007年5月30日水曜日

当たり前の事を名言っぽく言う

世の中、色々な奇跡があるだろう。
だけど素人がいきなりプロ野球選手になるような奇跡はないから、せいぜい頑張るとしよう。