2007年3月17日土曜日

無駄すぎる知識

前回記事の続き。


螺旋回転の特徴は「揚力が発生せず、空気抵抗が少ない」と紹介しました。
これは別の言い方をすれば、「弾道が安定しやすい」ということ。
要するに限りなく真っ直ぐ飛ぶ、というわけですね。

その特性を導入したのが、現在の拳銃やライフルです。
銃から発射された弾は螺旋回転しながら飛んでいます。
前述のように、色々な抵抗値を無視して限りなく真っ直ぐ飛んでくれるので、的が近ければ狙った通りに当たってくれるわけ。
ただ抵抗が少ないと言ってもゼロではなく、当然ながら重力と空気抵抗の影響は無視できないので、飛行する運動エネルギーはどんどん少なくなっていく。
そうなると螺旋回転も弱くなり、揚力で上がったり重力で下がったり忙しくなる。つまり精度が落ちる。
実質的にそれが銃の有効射程範囲と呼ばれるものになります。(大体100m~300m程度)
ちなみに銃としては一番初期の火縄銃は弾が螺旋回転していないので、射程はもっと短く(大体50m~100m程度)近くても正確に当たらなかったりしたようです。

では、銃がどうやって弾に螺旋回転を与えるのかって事を。
銃の中で弾が通る道(銃身)に、螺旋状の溝が彫ってあるからなのです。これをライフリング、と言います。
銃弾は銃身よりほんの少し大きいので、この螺旋状の溝に削られながら通っていきます。
そうすると、銃口から出るときには立派な螺旋回転がついてる、という仕組み。


・・・ってここまで書いておいてなんだけど、どうして銃の解説なんかしてんだ私。
まぁいいか。書き直すのもアレなので、今日はこんなところで。

2007年3月16日金曜日

流体力学より

松坂大輔のジャイロボール騒動で思いついたネタ。
通常のボールとジャイロボールの違いはというと、回転です。

通常のボール・・・逆回転
ジャイロボール・・・螺旋回転

本質的にはこれだけの差です。
ではこれで何が起こるかというと、

通常のボール・・・揚力が発生するが、空気抵抗が大きいので減速しやすい
ジャイロボール・・・揚力は発生しないが、空気抵抗が小さいので減速しにくい

となります。
つまりジャイロボールが有利だと言われる所以は、今までとは正反対の力学が働く為、バッターがそれに慣れていないからという事になる。
伸びる球は速い。
伸びない球は遅い、あるいは変化球。
それが十数年間の常識。
なのにジャイロボールときたら揚力が無いせいで伸びないくせに、減速しないから馬鹿みたいに速いという、けしからん始末。

人間って習慣とパターンの生き物だからなぁ。そりゃ仕方ないわ。

2007年3月15日木曜日

自由意志

「ボランティア」という言葉に対してイメージを聞くと、「無償で何かをする人」という答えが返ってきやすい。
実はこれ、だいぶ間違っていたりする。

そもそもボランティアという言葉は、「志願兵」あるいは「義勇兵」を意味する。
家族を守る為だとか、敵が攻めてきて畑が荒らさせない為だとか、そういった『問題に対して立ち向かう姿勢』がボランティアの本質的な意味である。
つまりそこに純然たる意思があり、自発的態度があれば、それはボランティア足り得る。

それなのに、日本では「ボランティア=無償奉仕」と定義してしまった。
上記で述べたように、ボランティアとは本来有償・無償が問題ではない。
しかしこの定義によって、「無償奉仕は当然」・「ボランティアが金を貰う=悪」という先行イメージが発生する結果になった。
その煽りで「無償で良い事をやって偉いね」と褒められる事が目的になっちゃってる気がする。


無償でやる事を評価するのではなく、問題に対して立ち上がった事を評価して欲しい。
過去にそう感じた事を、ちょっと思い出したりして。

2007年3月13日火曜日

大人の常識外トレーニングDS


CMの『いまさら人には聞けない大人の常識力トレーニングDS』にて。

「考える人」の作者はロダン。
でも考える人と題名を付けたのはロダンではない。
後世にこの像を鋳造したリュディエが名づけた通り名である。

この像そのものは、「地獄門」という作品中で門の上から見下ろしてる人が原本。
そこから切り出したものを、「詩人」という題名でロダンは発表した。
※図を参照※


地獄門の有名な一節に、以下のものがある。

「汝等ここに入るもの、一切の望みを捨てよ」

この一節を知りつつ、なお門を開けようとしている人間を見て苦悩する人というのが正しい見解かもしれない。

2007年3月11日日曜日

アナロジー

前日の記事ですが、類似する学説がないかなぁと調べてみたところ、発見したので報告。

「レア・アース仮説」

レア・アース(希少な地球)仮説とは、地球の誕生と生命がいかに奇跡の産物かを多角的な面から論考したもの。
さらに地球が宇宙規模の災害(隕石等)に襲われず生命維持が可能であるのは太陽系という奇跡の防御システムが存在するからとしている。
つまり生命の誕生と同じくらい、生命の維持も難しいという主張。

やっぱり人間だから、同じ事を考える人もいるってことか。

2007年3月10日土曜日

奇跡の奥にある、更なる奇跡

宇宙人の有無については、肯定派と否定派がいると思う。
私はどちらかというと、否定派です。

生物あるいは生命体という大雑把なカテゴリであれば、間違いなくいるとは思います。
でも知的生命体、となるとまた話は別。
さらに今現在の地球へ来訪できる高度宇宙生命体ともなると、絶望的なんじゃないかと。
理由はこうです。
※ここから先は、私の理屈です。科学的根拠は無し※


宇宙が誕生して、137億年と言われています。
人類が文明らしい文明を構築して維持してるのが約1万年間。
その1万年間に重なるように他の知的生命体が種を維持し、都合よく文明を維持していなければならない。

137億年の中で1万年なんて、針先より小さいと思う。
期間的にその小さい点と点が交わる事なんて、無理もいいとこ。
どちらかが数百万年規模で文明を維持できていれば多少可能性は広がる(それでも針と爪楊枝を突合せるくらいのレベル)が、文明が高度になればなるほど種としての寿命は短くなる気がする。今の人類を見てると。


地球の誕生確率自体が奇跡中の奇跡に近いのに、さらに1万年間が重なる奇跡を課すのは無理がある。
最低でも今の宇宙と地球の定説が崩れない限り、肯定できるものではないというわけ。
物語を書く者としては、あまりに夢がないでしょうか?

2007年3月8日木曜日

対人関係の折衷案

変な癖、というほどでもないですが、私は知り合いになった人の長所を見つけると、面と向かってすぐ褒めてしまいます。
しかし褒めるという行為はいい事のようで、実はそうとばかりも言えない側面を持ってるわけで。

例えば権力者や名声を持っている人に対して「褒める」という行為を見せると、当事者的にも第三者的にも「媚を売っている」という印象を与えてしまう場合がある。
個人的にはそういう印象を持たれるのは癪に障る。でも言わないでいるのも気持ち悪い。
ならば『私は他人に媚を売る必要のない人間ですよ』という事を日常で示せばよい、と考えた。
その結果としての仕事実績だったり自信満々の態度だったりするわけだ。

自分的には欲求を変に押さえつけず快適、他人は褒められて悪い気はしない(はず)
双方で得をして万々歳。やったね。

2007年3月7日水曜日

【解説】オッカムの剃刀

オッカムの剃刀とは哲学や物理学においての指針で、「少数の論理でよい場合は多数の論理をたててはいけない」という思考方針の一つ。
簡単に言えば「方法が複数ある場合、同じ目的であれば簡単な方にしろ」ということだ。
有名なジョークで例えれば、下記が当てはまるだろう。

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アメリカのNASAは、宇宙飛行士を最初に宇宙に送り込んだとき、無重力状態ではボールペンが書けないことを発見した。
これではボールペンを持って行っても役に立たない。
NASAの科学者たちはこの問題に立ち向かうべく、10年の歳月と120億ドルの開発費をかけて研究を重ねた。
その結果ついに、無重力でも上下逆にしても水の中でも氷点下でも摂氏300度でも、どんな状況下でもどんな表面にでも書けるボールペンを開発した!


一方ロシアは鉛筆を使った。
*******************************************************

この場合、「宇宙空間で字を書く」のが命題だったとすると、ボールペンが使えないから使えるボールペンを作る、というのは無駄で複雑。
オッカムの剃刀としては鉛筆を使うのが正解、ということだ。

ただ勘違いしてはいけないのが、オッカムの剃刀がいつでも正しいわけじゃないって事。あくまで思考方針ですから。
でも我々が生きていく上でオッカムの剃刀的な考えを持っていられれば、効率よく生きられそうだ。

2007年3月4日日曜日

道具としての疑似科学

疑似科学一覧


前々回記事で、科学のスタンスは「確認不能なものは話題にしない」ものだと述べた。
疑似科学というものはそれを強引にブチ破るもので、言ってみれば「科学的に見せかけて騙す」という悪質な側面を持つ。
なぜそんなものがあるかというと、現実世界は金で動いてるから、ということだろうか。

【一覧】
・マイナスイオン
・健康食品としてのコラーゲン
・ゲルマニウム効果
・トルマリン効果
・磁力による筋肉疲労への効果
・ピラミッドパワー
・にがり健康療法
・ドロドロ血液とサラサラ血液
・ゲーム脳
・出産の男女産み分け
・左脳型人間、右脳型人間

商用販売に関連した物のみ考えても、これだけのものが疑似科学として挙げられる。
やれやれですね。

2007年3月2日金曜日

科学の限界

科学の基本スタンスとは、「確認できないものは論じない」ということだ。
神様が存在するか否か。幽霊がいるかどうか。血液型の性格への影響などなど。
明瞭な確認手段がないものについては、門前払いにしてしまう。

例えば最も勘違いしやすい事例が、「現代科学で神様や霊の存在は否定されてる」という認識。
これは明らかに間違いで、科学は上記のものを肯定もしないし否定もしない。
正確に言うなら、
「科学は神様や霊の事を話題にしない」
ということになる。
これは今の科学概念が変わらない限り、100年後も1000年後もそうあり続ける。

つまり現在の自然科学における限界点というのは、この基本スタンスそのものにあると思う。
科学的見地が欲しければ確認できるようになってから出直して来い、という手法。盲目の賢者。
完璧なようで、科学ってのは本当に万能じゃないな。